或る日、顧問会社から法律相談がありました。
「取引先から手形をジャンプして欲しいと言われたのだが、どのように交渉すれば良いのか」という相談です。
こういう時に限って物の分かった人はいないものです。筆者はこの時、「手形ジャンプ」の何たるかを知りませんでした。
現在でこそ手形の発行高は減っていますが当時は3ヶ月、4ヶ月サイトの支払手形はザラで、10ヶ月サイトの手形はお産手形と呼ばれていました。
東京地裁には手形訴訟を専門的に扱う民事訴訟部も設けられていた時代です。
手形の満期すなわち支払期日を延期することを手形ジャンプというのですが、弁護士になったばかりの(ほんの一週間前に登録を済ませたばかりでした)駆け出しも良いところの筆者は、その取引社会の常識を知りませんでした。
前提条件が分からないのであれば、良い解答など出る筈がありません。
経験を積んでくれば何が社会の一般常識に属し、何が業界人の常識に属するのかが分かって来るものですから、分からないことは尋ねればいい訳です。
しかし法律しか勉強していない弁護士には、そこのところの見分けがつきません。
分からないことは何でも聞いてしまえば良いというのでもありません。
当たり前のことは、知っておかねば相手方から軽んじられてしまい交渉にならなくなってしまいます。
弁護士ならずとも知識を学び知恵をつけねば、交渉もできないのです。
筆者がどうしたのかということですが、それはあぶら汗三斗の結果、「手形ジャンプというのは何ですか」と自分の無知をさらけだし、一応表面上は恥をかくことなしに、あれやこれやと話しているうちに、講学上「手形の書き換え」と言われているものだということが分かったのでした。
ほっとしたのは、その時だけで、後日、「この間入所した若い弁護士さんは、若いのに我々の言うことを良く聞いてくれる」と顧問会社の社員が噂しているということを仄聞し、今度は冷や汗三斗でした。
恥をかくことを恐れるあまり、知ったかぶりをして事案に対応していると、大失敗をします。知らないことはどんどんと尋ねることです。
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