いつものように幸田弁護士と左右田左右吉弁護士が話を聞くことになりました。
袖無さんは落ち着かない様子でまくし立てます。
「先生、助けてください!私は百万円借りただけなんですよ。なのになんで一年後に八百万円もの請求が来るんですか?信じられませんよ。なんとかしてください」
幸田先生は腕組みをして袖無さんの話を聞いていましたが、
「袖無さん、あなた一体どこから金を借りたんですか?例えサラ金でも一年間でそんな額になるわけが無いでしょう」
と、鋭い目付きでいうのです。
すると袖無さんは、うなだれて、
「さすが先生、お見通しですね……そうです先方は闇金なんです」
と、消え入りそうな声で言いました。
左右田先生は心の中で参ったなと思いました。
闇金と言えば法外な金利で金を貸し、取りたても厳しく、暴力団が資金稼ぎのために行っているケースも多い非合法な存在です。
つまり、袖無さんは他にも借金があり、そういう闇金にしか借りる所が無くなっていたということでもあります。
そういった組織と戦うのは弁護士としてやぶさかではありませんが、危険を伴う恐れもあるし、出来れば戦いたくはありません。
幸田先生は、
「分かった。引き受けようじゃないか。ところで、袖無さん、払った利息を差し引くといくら位残債務があると思いますか?そして幾らなら返せるんですか?」
といいました。袖無さんは
「百三十万円ほどなら何とかなります……」
といいます。
なんだ、十分の一しかないのか困ったもんだな、と左右田先生は呆れましたが、幸田先生が受けてしまったから仕方ありません。
さっそく幸田先生は相手方の闇金に電話を入れます。
受任通知は明日着くでしょうが少しでも早く嫌がらせ等を防ぐために直ぐに電話を入れることにしたのです。
「はじめまして、私はお宅の顧客の袖無さんから依頼を受けた弁護士です。今後ともよろしくお願いいたします。つきましては話をさせていただきたいと思いますので、そちらに出向かせていただきたいと思いますがご都合は如何でしょうかね?」
すると闇金の金蔵建三(かねぐらたつぞう)氏が応えました。
「これはこれは。幸田先生が袖無さんの代理人になられたわけですか。そうですか、了解しました。今度一度事務所にお伺いさせて頂きます。失礼ですが場所をお教え願いますか」
すると幸田先生は、場所は教えましたが、金蔵氏が来所することについては、
「いやいや、それには及びませんよ、袖無さんが債務者ですので、こちらから伺わせて頂きます。」
と強く言いました。
すると金蔵氏は、
「いや、先生の住所は都庁の近くでしょう。明日は都庁の近くに用事がありますので、寄らせていただきますよ」
と食い下がります。
幸田先生は、
「いやいやそうおっしゃらずに。うちの依頼人が借主なので、債権者の方においで頂くのは反対です。こちらから、お詫び方々、お伺いするというのが筋というものです。明日の夕方にでもそちらの事務所にお伺いいたします。赤坂ですよね?それでは明日また電話します」
と言って電話を切り、金蔵氏の事務所を訪問することにしました。
『なんだ、向こうが事務所に来た方がやりやすいのになあ』と左右田先生は不服そうでした。
翌日の夕方、幸田先生と左右田先生は、赤坂にある金蔵氏の事務所に出向きました。
小さいけれど室内は豪華な作りになっていました。
応接室のソファに座り、ちょっと遅れて金蔵氏の登場です。
「今日はさっそくのお出ましで、先生方には申し訳ないですなあ。ところで、今日はまさか子供の使いじゃないでしょうなあ」
と、ずけずけと言いたいことを言いながら、金蔵氏は向かい側のソファに座りました。
幸田先生はゆっくりと鞄からお金の入った封筒を取り出しました。
そして、
「ここに袖無さんから預かって来た百万円があります。今回はこれで何とか勘弁してもらえませんか」
そう言いました。
じっと紙袋を見ていた金蔵氏でしたが、しかし、ここは金蔵氏は納得しません。
「それは無いでしょう先生。袖無さんはうちの金利のことを納得して借りられたんですよ。そんな借りるときだけ手を付いておいて、返す時になったら返せないとは一体どういうことですか? ふざけないでください!」
「いや、あなたの気持ちは良く分かります。悪いのは袖無さんですよ。
そんな無許可の金融屋さんにそれも法的に認可された以上の金利を払うことまでOKして金を借りるなんて、本当ならばあってはならないことです。本当に申し訳ありません」
と、幸田先生は頭を下げます。ひたすら平身平頭を貫いています。
しかし、金蔵氏は、
「申し訳ありませんって、言葉だけでしょう が。百万円しか持ってこなかったくせに!こちらは八百万ですよ、八百万!もう少し何とかならんのですか?」
と、興奮して頭を下げている幸田先生を怒鳴り付けます。
左右田先生は、幸田弁護士がここまで言われると、だんだん腹が立って来ました。
そのとき、左右田先生は幸田先生の視線を感じました。
すると、幸田さんは目配せし左右田さんに、鞄から封筒に入った札を取りださせました。
そういえば、幸田先生は百三十万円全額を出したわけではなかったことを左右田先生も思い出しました。
そして、幸田先生は、左右田先生の方を向いて、
「左右田君、仕方が無いな。僕らの報酬金も出すか。ここに20万円あります。これで何とか納めて下さい。左右田君、今回は報酬無しだけどいいかい?」
といいます。
左右田先生も咄嗟に
「分かりました先生。もちろん僕の報酬金も要りません。どうぞ使ってください」
とすらすら言葉が出ました。
幸田先生は、
「そういうわけで、私らの報酬金も出します。これで何とか収めて貰えませんか?これで駄目なら次回以降もう少し出せるか袖無さんに聞いて、分割にするか、それとも裁判にするか聞いてきますから。おい左右田君、お金をしまいたまえ」
というのです。
左右田先生も
「分かりました先生。残念ですが仕方ありませんね」
そういって、鞄に紙袋をしまい始めました。
次の瞬間、
「待った!待って下さいよ、先生!分かりました。その金額で手を打とうじゃありませんか」
という金蔵氏の言葉が部屋に響き渡りました。
幸田先生は、
「え、よろしいんですか?そんな申し訳ないですよねえ。左右田君」
と、相変わらず平身平頭です。
金蔵氏は、
「実は、先生方がうちに来られると分かった時に、こうなるんじゃないかと思っていたんですよ。弁護士というのは、自分の依頼者が債務者であることを忘れて、何時も事務所にやって来い、というのですよ。まけてくれと、頼むのなら頼む側がやって来るものですよ。これは、ちゃんと立場をわきまえた弁護士だと分かり、やられたなと思いましたよ」
と、力なく笑ったのでした。
今回の事件解決の決め手はまずは、最初に相手の会社事務所を訪問し、交渉したことです。
つまり、相手側はどんな弁護士が来るのだろうかと戦々恐々なのです。
金蔵さんが、幸田弁護士の事務所を訪問します、と言ったのは、弁護士の様子見にやって来るつもりだったのです。
交渉の前に事務所に来られて、この弁護士威張っているな、と思われるよりも、疑心暗鬼にさせておいた方が少しでも優位に立てます。情報戦は大事です。
そして、相手側の事務所に行くということで、戦場を変えてみたのですね。
これで、相手は少し安心してしまいました。
つまり、自分の面子がたち、油断と情が生まれたのですね。
次に相手は闇金です。
許可証の無い金融会社はいわばモグリです。
痛いところを少しでも突かれれば、法的にも弱い立場なのです。
しかし、そんなことをして袖無さんに逆恨みでもされたらたまりません。
だから、終始幸田先生は丁重な対応に徹しました。
相手を立てていたんですね。
これが出来るかどうかは経験しなければ出来ないと思います。
そして、最後は幸田先生の言葉の持って行き方と左右田先生との見事な田舎芝居が功を奏しました。
金を鞄にしまうタイミングも絶妙でした。
相手に深く考える時間を与えないのです。
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