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第3章 幸田朗弁護士の事件簿3-1 裸になり交渉する男女間のトラブル

幸田朗弁護士の下には、面倒な相談事がひっきりなしに持ち込まれる。男女間のトラブルの解決は厄介だ。戦略力と交渉能力が問われる。

或る日、大井良雄さんというバリバリのビジネスマンがやって来た。大井さんは、浮かない顔をしている。

 

①「大井さん、どうかしましたか、心配事がお有りのようですね?」

もじもじしており、すぐには言い出さない。

「悩み事は、ここに置いて帰って下さい。女性問題ですか?」

「いま流行の不倫ですか?」

「イヤー、年甲斐もなくお恥ずかしい話なのですが・・・・」

「何も恥ずかしいことはありませんよ、どんな事態ですか?」

 

②「子供ができたから、生むと言ってきかないのですよ。私は、おろせ、と何度も言うんですが、・・・あなたの世話にはならない、自分で働いて育てるといってきかないんですよ。」

「おろせ、とは殺生な話ですね。ところで、部下の女性、何と言いましたか、そうそう、野瀬照代さんは何才でしたか?」

 

③「35才です。こんなこと言うと、自分勝手でけしからん奴だ、と言われるかもしれませんが、お金で済むことならお金ですませたいのです。いくら位が相場なのでしょうか?」

「相場なんてありませんよ。一億円といえば一億円だし、無償といえば無償ですよ。男女の仲は、カネでははかれませんから。失礼ですが、あなたの年収は、2000万円を超しているでしょう。預貯金も、4000万円や5000万円はおありでしょう。」

「はい、それくらいは・・・・」

 

④「ところで、その彼女には、本当に子供ができたのでしょうか?」

「う~ん、そう言われると、さあ~・・・自信がありませんが、・・・

関係したのは、4,5回なのですが、その日は、彼女が安全だというものですから・・・」

 

⑤「回数は関係ありませんよ、一回でもできる時はできるし、できない時はできません。それよりも、大井さん、あなたが、その野瀬照代さんと別れたいのかそうでないのかが、肝心な点ですよ。」

「別れたいのです。子供を生んで育てるとまで言われると、・・・」

「それも金を払ってね。」

「はい、そうです。その通りです。」

 

⑥「それでは、つぎの質問です。」

「何でしょうか?」

「別れること金銭のどちらに重きを置きますか?つまり、別れればカネに糸目はつけませんか?」

「そう言われても、糸目をつけない程カネを積んで別れたいとは、必ずしも思いませんが・・・別れることができれば、カネを惜しむつもりはありません。きれいに別れたいのです。」

 

⑥一般的に言えば、男女間の手切れの際には、愛憎余って何が、交渉の目的なのかが分からなくなります。自分の心を、裸にしてみることが出来ないのです。

 

⑦「ひょっとして、野瀬照代さんという女性には、新たな男が出来たのかもしれないですね。大井さんの子供が、お腹にいるといえば、あなたは、きっとおろせと言うだろう、そうしてあなたの心が覚めてしまう、そして別れ話になるだろう、結局、カネをもらって別れることになるだろう、と踏んでいるかもしれないですね。頭の良い女性です。弁護士とは、こんな勘繰りをするから、嫌われてしまうんですね。気に障ったら勘弁して下さい」

大井良雄さんは、まんざらあり得ないことではない、という顔をして思案していた。

 

⑧「そんなことだったら、許せないな、カネなぞくれてやりたくない、ですよ、先生!」

「それでどうします?泥仕合をしますか。」

「はあ、泥仕合とは、何ですか?」

 

⑨「あなたが、カネをすんなりと支払わなかった場合には、野瀬さんは、訴え出るでしょう。私は、大井という男性に騙された、今の妻と離婚して、君と一緒になる、といったというでしょう。私を弄んだとね。いい男はつらいですね」

 

⑩「でも幸田先生、野瀬には男が出来たのでしょう?それだったら、馬鹿なのは私の方ですよ、何故、私がカネを払わなければならないのですか?」

 

⑪「そうですね、男が出来たかもしれないが、それをどうやって証明しますか?探偵を四六時中張り付けて調査すれば、男の影が出て来るかも知れない。数百万円は探偵社に取られるでしょう、そのような調査をすればね」

 

「う~ん、どうすれば、すんなり別れらえるのでしょう?」

「あ~、もうすっかり、野瀬さんと別れる気になってしまっていますね」

 

「だって、子どもが出来たので生んで育てる何て言うからですよ。付き合う時は二人とも、そんなじゃなかった。・・・」

「それで、冷めてしまったのですか?」

「はい、そうです。どうしたものでしょうか。」

「どうしたものか、とはどういうことですか?お金できれいさっぱりと別れたいということですか?」

「はい、そうです」

「おなかの子供はどうします?」

「おろしたのを見届けたいですね。」

「おろしてくれ、と念を押すのですか?もう、野瀬さんは、あなたの意思がどこにあるかを知っているのですよ、その上でも念を押すのですか?子供は授かりものでは無かったですか?」

「う~ん、そんなことは言わずにカネを渡して、別れろということですか?」

「そうです」

「でも、カネで解決する気かって怒らないでしょうか?かえって問題解決をこじらせる結果になりませんか?」

「さあ、それは分かりませんね、でも、怒らない確率の方が高いでしょう。額にもよりますね。余り少ない額だと怒って見せるかも知れません」

「それは、どのくらいの額でしょうか?」

「執着を断ち切る位の額でしょう」

「はあ~・・・」

「加藤耕山老師という方が『人生一切の苦の原因は、執着である』と著書に書いているそうです。つまり、苦労したり、悩んだりした場合には、自分は今、何かに執着しているんだ、と考えるんですね。その『何か』が金銭であったり、面子だったり、社会的地位であつたりするわけですが、その執着を意識して断ち切るのだ、といっているのではないですか。そうすると自ずと道は開けるものです」

「・・・・」

「大井さん、あなたの場合は、野瀬さんに金銭を支払うことによって、彼女に対する執着や、会社での地位、妻子供に対する愛着をすてることですね、勿論、金銭が勿体ないという執着も含まれますよ・・・男女間の別れの交渉は裸になることですね、ハッハッハ」

「それで、いくら位用意すれば、よいですか?」

 

「野瀬さんは、あなたの収入もある程度は、知っているでしょうし、まぁ、年収分2000万円あれば十分でしょう。」

「それで解決しますかね?上手く行くんですか?」

「さぁー、それは分かりませんが、そういう、執着も捨て去ることが、重要なのではないですか。やってみて、ダメならダメで良いのじゃありませんか、彼女も助かると思うんですがね。案ずるより産むが易し、というんじゃありませんか。よく考えてまた来てください」

 

(大井さんの戦争計画?!⇒結論)

ということで、大井良雄さんは、帰って行った。その2,3日後の土曜日の午後、また大井さんが幸田朗弁護士のもとにやって来て、

「幸田朗先生、あれから帰宅し、一晩まんじりともせずに考えました。ここに2、000万円有ります。これで解決して下さい。このお金は、野瀬照代さんに全部渡して下さっても良いですし、先生の報酬に全部あてても結構です。男女の仲は裸になって考える、ということも分かりました。」と言って、2、000万円のはいった紙袋を応接室の机の上に置いたものである。

 

幸田朗弁護士の悩みが、ここから始まりまったのである。「いくらその女性に支払って、いくら報酬をもらったものか・・・禅僧でもない娑婆の人間が、悟りすましたような格好の良いことを説教してしまったツケかも知れない。

 

弁護士に持ち込まれる男女間のトラブルの攻防はこのようなものである。

この事案は、野瀬さんという女性が、関係のあった大井さんという男性に、「子供を産みたい」ということで「戦い」が始まった。大井さんの心理状態の推移は②以下のとおりである。

5W1Hの疑問形を使って戦略・戦術を考えるのである。そして、実行するのだ。

さぁ~、次は誰が(who)、どうするか(how tohow much)である。

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