スポンサーサイト

「華は愛惜にちり、草は棄嫌におふるのみなり」

人は都合が悪くなると逃げを打ち、良くなると擦り寄る。事の本質が何であるか、を問おうとしない。現象のみを見て判断する。「花は愛惜に散り、草は棄嫌におふるのみなり」と道元禅師は言われる(正法眼蔵・現成公案の巻)。花は惜しまれて散り、雑草は(花とは違い)いやな草だ、と思われながら(人間の思惑とは全く関係せず)生えてくる」という意だ。筆者は毎年3月になると、道元禅師のこの言葉を思い出す。筆者の勤務先は東京...

「出ずる息、入る息を待たず、・・・」

まさか倒産するとは思っていなかった、東証一部市場に上場しているN社が会社更生法の申立てをした、というニュースが朝のテレビ番組で流れた。さぁ大変だ。社長はN社が倒産するなぞ考えてもいなかった。自社の売上額の3割もがN社へのそれだ。社長はN社からの受取手形をすべてA銀行、B銀行、C銀行の取引銀行で割り引き、資金繰りをしている。だから、N社が倒産するとすぐに自社の資金繰りに支障を来す。N社の割引手形を買...

「九十九曲がり細山道を直に通らにゃ一分が立たぬ」

「くねくねと折れ曲がった細い山道の坂をまっすぐに通って先に進むのでなければ人間ではないぞ、さぁー答えてみろ!」という禅問答です。問答ですから当然に答えもあります。この問いに対する解答が大事なのは言うまでもありませんが、その解答に行きつくまでの我々参禅者が考えて、考えて、考えて、老師の元にその答えを持って行く過程で考え抜くことが重要なのです。独参は次のように進みます。参禅者は答えを持って老師の待つ独...

古木寒厳によって、三冬暖気なし

一般の人が、身を滅ぼすのは「飲む、打つ、買う」といわれるものです。魅力的な女性から、秋波を送られて、悪い気のする男性はいないでしょう。弁護士とて同様です。昔、弁護士会ではよく研修会が開かれ、その研修会後、懇親会と称する飲み会がありました。その席上での話です。持田弁護士は、若手弁護士達に言ったものです。「俺は、ある時、妙齢の女性から離婚と慰謝料請求の相談を受けた。孤塚美子さんと言ったかな、30代後半...

自己に無量の法あり

「自己に無量の法あるなかに生あり、死あるなり」(正法眼蔵・全機の巻)(解釈)自己にことばでは言い尽くせない程の事があるがその中に、生もあり死もあるのである。人は何のために生きているのだろうか?われわれ日本人は、黒船来航以来、とりわけ昭和20(1945)年の敗戦以来、「食う」ために一所懸命働いて来ました。文字通り、焼け野原の中から、生きていかなければならなかったからです。「何のために生きているのか」...
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。